2025年1月、「KARIMOKU RESEARCH CENTER」では『Survey 01:NEW TRADITION』と題した展示が始まった。
「Wood」に続く2つ目の『Survey』のテーマは「Tradition(伝統)」。ロサンゼルスを拠点に活動するデザインスタジオ「WAKA WAKA」と、ニューヨークを拠点に活動する「Lichen」がリサーチャーとして参加し、それぞれの視点で「NEW TRADITION」を表現する作品が展示されている。
長い歴史を持つカリモク家具のような企業にとって、「Tradition(伝統)」とは何を意味するのだろうか。変わり続ける世界の中で、私たちはどのように「Tradition(伝統)」と向き合っていけばよいのか。
カリモク家具株式会社取締役副社長の加藤洋と、株式会社DCA SYMPHONY / KARIMOKU RESEARCH クリエイティブディレクターのBrad Holdgraferに話を聞いた。
ーー1月より、『Survey 01:NEW TRADITION』という展示が始まりましたが、お二人は「TRADITION(伝統)」という言葉を、どのように捉えていらっしゃいますか?
加藤洋(以下、加藤):とても深い質問ですね。まず、私はカリモク家具の価値やアイデンティティを、今後も変えずに大切にしていきたいと思っています。たとえば、私たちは木や森を愛しており、森を健全な状態に保つことは私たちの仕事の一部でもあります。森林再生と調和した形で家具をつくること。これは守り続けるべきカリモク家具の「伝統」です。
一方で、世界は変化し続けており、私たちもまた常に新たなアイデアを提案し、変わり続ける必要があります。つまり、「守り続けるべき部分」と「変わるべき部分」の両方があるのです。「伝統」も同じですよね。だからこそ、「NEW TRADITION」という言葉がすごく気に入っています。私たちの姿勢をとてもよく表しているからです。
Brad Holdgrafer(以下、Brad):私はアメリカ人で、日本の文化を外側から見る立場なので、日本とアメリカの「伝統/TRADITION」のニュアンスの違いがとても面白いと感じています。
日本では、「伝統」という言葉にはとても神聖なニュアンスがあり、伝統的な工芸や文化に対して強いリスペクトがあります。一方、アメリカでは、国の歴史が浅いということもあって、「TRADITION」という言葉はもう少しカジュアルに使われます。
だからこそ「KARIMOKU RESEARCH」では、外部の視点から「伝統/TRADITION」というテーマには慎重に取り組みたいと感じていますが、一方で、新しい風を吹き込みたいという気持ちもあります。
日本国内でも、伝統的な技術や工芸が廃れつつあるとよく聞きますが、それはそれらが「素晴らしくないから」ではありません。単に出会う機会が少ないからです。だからこそ、今回の「NEW TRADITION」展のような場で、「伝統/TRADITION」というテーマについて投げかけ、「こんな面白い技術があるんだ!これを使って何かできないかな?」と思えるようなきっかけを生み出したいと思っているんです。
ーーそうした伝統的な技術との出会いが新たな作品につながった事例があれば、教えていただけますか。
加藤:たくさんあります。実はいま私たちが座っている椅子も、アーティストが伝統技術を再発見したことで、生まれたものなんですよ。
この表面がひび割れたような塗装技術は、20~25年ほど前に開発された特別なものなのですが、この技術をどう家具づくりに活かしたらいいのかが現代の私たちにはわからず、使われずにいたんです。
ところがある日、建築家の鈴野浩一さんがこの塗装のサンプルを見つけ、「これはすごい!」と興奮してくれて。彼のデザインした「CAP Chair」という椅子に、この塗装を使おうという話になりました。
唯一の問題は、誰もつくり方を知らなかったこと。サンプルは残っていたものの、レシピが残っていなかったんですね。そのため、既に退職していた職人に連絡を取って、協力してもらいました。
Brad:たしか、ザハ・ハディド氏のデザイン事務所とコラボして生まれた「SEYUN」というシリーズのメタリックな塗装にも、伝統技術が応用されていましたね。
鈴野さんのエピソードが素晴らしいのは、もともと鈴野さんが持ってきた「CAP Chair」という椅子のデザインが非常にシンプルなものであったのに対し、工場に来て「この塗装を使おう」「このファブリックを合わせよう」といろいろ組み合わせているうちに、まったく新しいものができあがった点にあります。これはまさに、「KARIMOKU RESEARCH」のような「場」があるからこそ実現できることだと思うのです。
ーーいま、さまざまな場所で「イノベーションの重要性」が語られていますが、イノベーションを生み出す上で、意識していることなどはありますか。
加藤:プロジェクトメンバーの一人である建築家/プロダクトデザイナーの芦沢啓治さんもよく仰っているのですが、「デザイナーはこっち」「つくる人はあっち」と両者の働く場所を分けようとしてしまうと、イノベーションはなかなか起きません。そのため、「KARIMOKU RESEARCH」では、両者をなるべく近い状態に持ってこようとしています。
デザイナーはときとして、非常にチャレンジングなアイデアを提示してくることがあります。しかし、デザイナーたちから直接「こんな感じのものが欲しいんだ!」と言われたら、工場で働くスタッフたちのうちの何人かは、「うーん……、まあ、やってみましょう」とトライしてみる気になるかもしれません。こうした瞬間をつくることこそが、イノベーションにおいては重要なのです。
Brad:みんなが意欲を持って試行錯誤を重ねることは、たくさんの異なるライフスタイルを持つ人々が、新しい何かを生み出せるよう、「ドアを開く」ことでもあると思っています。
デザイン業界全体や家具という分野には、ある種の定型的な美の基準が存在しています。しかし現実には、誰もが雑誌に載っているような美的な空間で暮らしているわけではありません。ライフスタイルは千差万別なのです。
私たちには、そうしたライフスタイルそのものや、人々が部屋をどのように飾るかという部分を変えることはできません。しかし、家具がつくられる際のクオリティに手を加えることはできます。そして、あらゆるものを最高のクオリティで形にできる点に、カリモク家具の強みがあります。
多くの人が「これは私の好みではないな」と感じるものであったとしても、それが最高峰の技術でつくられたものであったとしたら、誰もがその品質には敬意を払いますよね。品質には、普遍的な価値があります。だからこそ「KARIMOKU RESEARCH」では、さまざまな人を招き、ディスカッションし、彼らのアイデアをできる限り最高の品質で実現することで、人々の多様なライフスタイルを観察していきたいと思っているのです。
ーー「伝統と革新」というテーマでお話を伺っていますが、この30年の間に国内の市場はどのように変化してきましたか。このプロジェクトの構想に、影響を与えている部分はありますか。
加藤:そうですね、本当に大きな変化があったと思います。まず、日本では人口が減少し、長らく経済が停滞しています。結果、家具にはあまりお金をかけたくないという人が増えており、国内の家具市場は非常に競争が激しくなっています。
一方で幸いなことに、「Karimoku Case」や「Karimoku New Standard」といった新しいブランドの売上は非常に好調です。なぜなら、こうしたブランドが海外の市場で高く評価されたことで、国内でも多くの人が興味を持ってくれるようになったからです。
私たちは日本の会社ですし、私の祖父は戦後の焼け野原の日本で、すべてが破壊され希望を失いかけていた日本人の生活を豊かにしたいという思いから、カリモク家具を創業しています。ですので、国内の市場は絶対的に重要です。しかし、国内の市場を活性化するためにも、世界中から新たな視点やアイデアを取り入れ、新たな取り組みをこれまでとは異なるスピードでやっていく必要があるのです。
Brad:私がはじめて日本に来たとき、既に日本の出生率は急速に下がってきていました。そのことを語る周囲のトーンは「少子化が進行しているから、日本の将来に希望が持てない」といった、悲観的なものでした。
しかし、たしかに昔に比べれば数は少ないかもしれないものの、子どもたちはたしかに存在しており、その子たちが将来を担うのです。だからこそ、子どものうちからデザインやアートといったものに触れる機会を増やすことが重要だと思っています。
私は、子どもたちが幼いうちからデザインやアート、クリエイティビティに触れることで、将来、世界をより自由に設計し直す力を身に付けられると信じています。そして、子どもたちが創造性を発揮できるようになれば、彼らの周りのコミュニティ、世界全体はいまより素晴らしいものになっていくでしょう。なぜなら、私たちが生きている世界もまた、私たちの上の世代の人々がつくってきたものなのですから。
これは、「KARIMOKU RESEARCH」にとっても重要なテーマです。ですので、今後「子ども」をテーマにした『Survey』が登場しても、驚かないでくださいね。
ーーありがとうございます。「KARIMOKU RESEARCH」の大きな可能性を感じることができました。最後に、この記事を読んでくださっている読者の方に、伝えたいことはありますか。
加藤:お伝えしたいことはシンプルで、ぜひ「KARIMOKU RESEARCH CENTER」に遊びに来てください。私は、ここに来てくれる人のことを「友人」と呼びたいと思っています。「KARIMOKU RESEARCH」には一切の壁や制限はなく、常にオープンかつ純粋に、「友人」たちの未知のアイデアを歓迎したいと思っています。
ですので、いつでも気軽に来ていただいて、私たちとのコミュニケーションを楽しんだり、木で遊んでみたりしてほしいです。技術や製品の情報、価値観など、ここではカリモク家具のすべてを体感していただくことができますので、きっとあなたの探している何かを見つけてもらえるんじゃないかと思います。いつでもお待ちしています。
Brad:「探している何かが見つかる」というのは、とても素敵な考え方ですね。でももしここに来ていただいて、あなたの探していたものが見つからなかったとしたら、それはいっそう素晴らしいことです。なぜなら、私たちのゴールは、あなたのために、あるいはあなたと一緒に、新しい何かをつくることなのですから。
「この椅子は、ちょっと私には合わないな……」と感じたら、あなたの考えについて、あなたのライフスタイルについて、ぜひ話を聞かせてください。そうして一緒に新しいものをつくりましょう。